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「地域のショールーム」を目指して

塩川:家族の方の後押しと、伊東の旅館時代からお世話になっていた金融機関のご支援があり、2002年に再スタートを切られたということですね。落合楼の建物に出会って、第一印象はいかがでしたか?

落合楼村上

村上:最初に拝見したのは「松一」のお部屋です。当時は障子や襖、壁の傷みが進んでいたのですが、「松一」の欄間の「富士山と投網」の細工を見たときに「これは本物だ」と瞬間的に衝撃が走りました。女性に例えると「すっぴん」の良さが感じられ、とても印象に残りました。国の有形文化財に登録されている「本物の建物」と伊東の旅館で両親が長年続けてきた営業のスタイル、このハードとソフトが融合したときに初めてオンリーワンの旅館になれる可能性があるのではないかという感覚を抱きました。それが36歳のときでした。

塩川:そして、先代のオーナーから建物を引き継ぎ、「落合楼村上」のオープンを目指して動いていかれたのですね。

落合楼村上

村上:先代のオーナーから建物を譲り受け、オープンまでは2ヶ月間しかありませんでした。玄関からお客様を迎える導線の中で、当時1階の食器倉庫だった場所をロビーにすることを決めたのですが、2階建てだったその建物は、雨が降ると傘をささないといられないほど雨漏りが酷く傷んでいましたので、2階を取り壊して屋根をかけたり、大浴場もリニューアル工事をしました。はじめの2週間は備品を外に出して、4週間で建物内を修繕・工事し、残り2週間で館内のセッティングをするというスケジュールを2ヶ月間でやり遂げなければいけませんでしたが、当時のスタッフだけではとても手が足りません。そんな折り、伊東の旅館でお世話になっていた出入り商人さんなど、延べ200名以上の方々がお手伝いくださったのです。これは祖父や両親が長年伊東の旅館で築いてきた信用のおかげだと感謝しています。

塩川:そしていよいよ「落合楼村上」が実際に営業を開始されて、今日まではいかがですか?

村上:当初は「お客様に喜んでいただく」ことを1つのテーマにしていましたが、この「落合楼村上」を十数年やらせていただく中で気付いたことがあります。現在の建物が建てられた昭和8年から12年の頃は、昭和6年の昭和恐慌が起こってまもなくのことだった訳です。当時のオーナーは私財を投じて伊豆に暮らす職人たちの生活を守るため、公共事業的意味合いを込めた設備投資をしたのではないかと推察されています。職人は施主の気持ちに応え最高のパフォーマンスをしたに違いありません。さらに落合楼を訪れたお客様が、手間暇をふんだんに掛けた職人技を見るのです。それをきっかけに職人たちが、さらに次の仕事のオファーをもらえる。まさに現代のショールーム的建築だったのではと推認されたのです。欄間のデザインや障子の桟の面取り、曇りガラスで隠された桔梗の透かし彫り等には、当時の職人の魂が感じられます。そうした職人の魂を伝えるのが、「落合楼」を継承した私たちの役目の1つであることに気づきました。
そしてさらに建物だけでなく、旅で訪れたお客様が地域の食材、地域のことを感じられる場所であるのが旅館であるという考えに至った時、提供するサービスにも「地域のショールーム」としての発想が必要だと感じ、お料理を大きく変化させました。できるだけ地域のものを使うことにし、一汁三菜ランチはオール伊豆の食材に挑戦しました。夕食に関しては9割以上が国内産食材、そのうち7割近くが静岡県内産です。地域でしか体験できない食材や、埋もれている材料を掘り起こしがら、有機野菜や自然農法・炭素循環農法で収穫された野菜なども使わせていただき、安全・安心な食をお客様に提供するという方向に変わりました。

塩川:実際にお客様にお料理をお出しする際には、どういった接客をされているのですか?

落合楼村上

村上:接客係がお料理をお出しする際、食材の価値をお客様により効果的に伝えるためにどうしたらよいかという取り組みとして、生産者さんを訪問したり交流会の開催等を数年前からはじめたりしました。その中で、ある農家Wさんの畑で育つ西村ナスというソフトボール2個分程の立派なナスのエピソードに突き当たったのです。Wさんは、私がナスを見て「立派なナスですね」と褒めると、「わしはナスを褒めてもらってもチッとも嬉しくねぇ、ワシが褒めてほしいのはこれだ」と言って、土を見せるのです。この西村ナスを夕食の献立でお出しするときに、「このナスを作った方は、ナスを褒めると怒るのですよ、土を褒めてくれとおっしゃるのです」と言えば、作っている方の心がお客様に伝えられ、その価値を高められると感じ、スタッフ皆がそこまで伝えられるようになることが今の目標です。

落合楼村上 主人 村上昇男

落合楼村上 主人

村上昇男

1964年、静岡県出身。大学卒業後、電機系の会社へ入社。1992年に伊東温泉の旅館を受け継いだのち、1998年にフリーランスに転向し、パソコントレーニングの講師や職業訓練校の講師を務める。その後、2002年に「落合楼村上」を開業し現在に至る。